大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和49年(ワ)1155号 判決

原告

山中啓次郎

被告

本沢運輸株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自、金七六一万〇八九七円及びこれに対する昭和四九年一月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その七を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告らは、原告に対し、各自、金八八一万九六九七円及び内金七八一万九六九七円に対する昭和四九年一月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する被告本沢運輸有限会社(以下、被告本沢運輸という。)の答弁

(一)  原告の被告本沢運輸に対する請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

三  請求の趣旨に対する被告名古屋貨物運輸倉庫株式会社(以下、被告名古屋貨物という。)の答弁

(一)  原告の被告名古屋貨物に対する請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

原告は、次の交通事故(以下、本件事故という。)によつて、車両及び積荷を破損された。

1 日時 昭和四九年一月二四日午前四時二〇分頃

2 場所 横浜市緑区荏田町二四二一番地先東名高速道路上

3 車両及び運転者

(1) 被告本沢運輸所有の大型貨物自動車(埼一一い一七七七、以下、本沢車という。)

岡崎雄二(被告本沢運輸従業員)

(2) 被告名古屋貨物所有の普通貨物自動車(名古屋一一あ八九〇七、以下、名古屋車という。)

川口春二(被告名古屋貨物従業員)

(3) 原告所有の普通貨物自動車(横浜四四あ一五一二、以下、原告車という。)

4 事故の態様

前記日時場所において、本沢車が東名高速道路上り車線を走行中、本沢車の左後車輪(二重車輪)の外側車輪(以下、本件車輪という。)が路上に脱落し、本沢車の後方から同一方向に進行してきた名古屋車が右脱落した本件車輪に自車右前車輪を乗り上げて右方に急転回し、中央分離帯の金網柵を突き破つて下り車線に突入し、折から下り車線を進行中の原告車に衝突した。

(二)  被告らの責任

1 本件事故は、岡崎が本沢車の整備を怠りこれを運転し、東名高速道路を走行中本件車輪を脱落させた過失と川口が名古屋車を運転し、右高速道路を走行中前方注視を怠り、かつ、危険回避のための把手操作を誤り、路上に脱落していた本件車輪に乗りあげた過失が競合して発生したものである。

2 被告本沢運輸は、岡崎を自動車運転手として使用する者で、本件事故は岡崎が被告本沢運輸の事業を執行中発生させたものである。

3 被告名古屋貨物は、川口を自動車運転手として使用する者で、本件事故は川口が被告名古屋貨物の事業を執行中発生させたものである。

(三)  損害

本件事故により、原告は左記の損害を蒙つた。

1 車両損害 金六〇万円

原告車はマツダタイタン四七年型二トン積普通貨物自動車であるが、本件事故により使用不能となり、価格金六〇万円全額の損害を蒙つた。

2 休車損害 金一一万二四五四円

原告は、原告車を稼働して、本件事故時まで一カ月平均金三〇万四九〇八円の営業収入を得ていたが、その必要諸経費は一カ月平均金八万円を超えていなかつたので、すくなくとも、一カ月平均金二二万四九〇八円の純利益を得ていた。ところが、原告は、本件事故により原告車を稼働することができなくなり、代車調達までに一五日間を必要としたので、その間、原告車の稼働によつて得べかりし利益金一一万二四五四円を喪失し、同額の損害を蒙つた。

3 車両搬送費 金六万九二〇〇円

本件事故現場から厚木市内まで金三万九二〇〇円、厚木市内から川崎市内まで金三万円合計金六万九二〇〇円の搬送費用を支出した。

4 積荷損害 金七〇三万八〇四三円

原告は、訴外株式会社高砂製作所(以下、訴外会社という。)から運送を請負い、原告車に積んでいた電源機械等の製品類を本件事故により破損、散逸したため、訴外会社に対し、右積荷の損害賠償金七〇三万八〇四三円の債務を負担した(積荷の品名、数量、価格、損害内容等は別紙損害明細書記載のとおり)。

5 弁護士費用 金一〇〇万円

被告らが原告に対し、本件事故の損害を任意に賠償しないので、原告は、本件訴訟代理人に訴訟委任をし、着手金三〇万円を支払い、かつ、第一審判決言渡の日に報酬金七〇万円(認容額の一割を予定)を支払う旨約した。

(四)  よつて、原告は被告らに対し、民法七一五条一項本文に基づき、各自、前記損害合計金八八一万九六九七円と弁護士費用を除く内金七八一万九六九七円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四九年一月二五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告本沢運輸)

(一) 請求原因(一)の1ないし3の事実は認める。同(一)の4の事実中、本沢車が脱落した本件車輪に名古屋車がその右前車輪を乗り上げて右方に急転回し、中央分離帯の金網柵を突き破つて下り車線に突入したことは知らないが、その余の事実は認める。

(二) 同(二)の1の事実のうち、本件車輪が脱落した事実及び川口が名古屋車を運転し東名高速道路を走行中前方注視を怠り、かつ、危険回避のための把手操作を誤つたとの事実は認める。名古屋車が道路上に脱落していた本件車輪に乗りあげたとの事実は知らない。岡崎が本沢車の整備を怠つたとの事実は否認する。

岡崎に本沢車の整備を怠つた過失はない。すなわち、本沢車は本件事故の約一カ月半前にあたる昭和四八年一二月一一日に埼玉陸運事務所において車体検査を受け、保安基準に適合するものであることが認められた。又、被告本沢運輸は、本件事故発生の前日午後三時頃、整備士後藤登により本沢車の整備点検をしたが、本沢車の装置は保安基準に適合し何らの異常もなかつた。本件車輪が脱落したのは、本件車輪に装着されていた八本のハブボルト全部が走行中突発的に折損したことによるものであり、このように八本のハブボルトが走行中全部折損することは現在の自動車工学技術の水準からは到底予測できないことである。以上、要するに、車体検査および専門整備士による整備点検後の運行において、岡崎が外観上不可視なハブボルトの突発的折損を予見しなかつたとしても、右岡崎に本沢車の整備を怠つた過失は勿論のこと、運転途中の点検義務違背もない。

本件事故は、名古屋車の運転者川口の居眠り運転等の過失により惹起されたものである。仮りに、本沢車が脱落した本件車輪に、名古屋車が乗り上げたとしても、本件事故は、専ら、川口の過失によるものであつて、本件事故と本沢車が本件車輪を脱落した事実との間には相当因果関係がない。すなわち、本沢車は本件事故直前、東名高速道路の上り第一車線を走行中であり、名古屋車は本沢車の約二キロメートル後方にあつて、上り第三車線(中央分離帯寄り)を走行中であつた。本沢車が脱落した本件車輪は右第一車線のガードレールに当たり、反動で右第一車線から右第三車線に転つて行き、中央分離帯付近で倒れて停止したのであるが、当時、本沢車と名古屋車間に、本沢車に後続し名古屋車に先行する大型車両四台が走行していながら、いずれの車両も脱落した本件車輪を回避して走行することができた。しかるに、川口は脱落した本件車輪を回避すべき時間的、距離的余裕が充分あつたにも拘らず、前方注視および事故回避の措置を怠つたため、脱落した本件車輪に乗り上げ本件事故を起したものである。

同(二)の2の事実は認める。

(三) 同(三)の事実は知らない。

(四) 同(四)の主張は争う。

(被告名古屋貨物)

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の1の事実のうち、本沢車が東名高速道路を走行中本件車輪を脱落させた事実及び名古屋車が右車輪に乗り上げた事実は認めるが、川口が前方注視を怠り、かつ、把手操作をあやまつたとの事実は否認する。

本件事故は、川口の過失によるものではない。すなわち、本件事故は、名古屋車の左斜前方の車線上を走行中の本沢車の運転者岡崎が本件車輪を脱落させ、この車輪は進行方向左端のガードレールにあたり、はねかえつて第三車線の中央分離帯付近路上にとどまつた。名古屋車はその車輪を避けることができず、自車前車輪を乗り上げそのはずみで前車輪のタイヤがパンクし、把手操作が不可能となり、中央分離帯を越えて原告車に衝突したものであるが、高速道路を走行する自動車運転者に対し、その路上に脱落した車輪があることまでをも予想し安全運転を期待することは不可能を強いることであり、本件事故は、不可抗力によるものである。

同(二)の3の事実は認める。

(三) 同(三)の事実は知らない。

(四) 同(四)の主張は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

請求原因(一)の1ないし4の事実は、原告と被告本沢運輸との間において同(一)の4のうち本沢車が脱落した本件車輪に名古屋車がその右前車輪を乗り上げて右方向に急転回し、中央分離帯の金網柵を突き破つて下り車線に突入したとの事実につき争いがあるほか、全当事者間に争いがなく、右争いのある事実については、いずれも、原告と被告本沢運輸との間に、その原本の存在及び成立につき争いのない乙第二、第三号証、第六、第七号証及び証人辻茂夫の証言を総合して、右当事者間においても、原告主張のとおり認定することができる。右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  被告らの責任

(一)  本件車輪脱落の原因とその責任

原告と被告本沢運輸との間において、いずれもその原本の存在及び成立に争いのない乙第四号証の一ないし一七、第五号証によれば、本件車輪は、装着されていた八本のハブボルト全部が走行中折損して脱落したのであるが(右事実は全当事者間に争いがない)、ハブボルトの折損箇所は総て、頭部の付根で、ねじやまの部分をはずれていること、ハブボルトのうちの隣接する二本(乙第四号証の三に図示する1、2のボルト)には瞬間的破損によつてできるとされる延性破面の領域が多く、右二本のボルトから遠い位置にある三本(同5、6、7のボルト)に繰り返しの押力により亀裂が発生し、これが徐々に拡大進行し破壊に至るときにできる疲労破面の領域が比較的多いこと、右の結果から疲労破面の領域が比較的多い右三本のうち一本(右5か6のいずれか)のハブボルトが最初に折損し、延性破面の最も多い右二本(右1、2)のハブボルトが末期に折損したと推定されること、折損の原因を鑑定するため、神奈川県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員片岡保人が本沢車のホイールからハブボルト及びナツトを取りはずした際、ナツトは、総て、緩んでいたので簡単にまわすことができたし、内ナツトの内部には油様の付着物があつて、ナツトが緩み易い原因を与えていたこと、右片岡は、過去に、ハブボルトの折損原因につき類似する他の二例の検査を経験したが、他の二例の場合には、ハブボルト及びナツトを取りはずした際ナツトの締付が強く、これをまわすためには工具を使用しなければならなかつたこと、一般に、ナツトの締め方が弱く締付力が不足すれば、車両の走行中振動、衝撃等によつてナツトが緩み、ハブボルトに曲げの力が異常に強く働き、ハブボルトが折れ易くなること、そして、ハブボルトの材質、組織、硬度及び加工法は良好であつて、特に異常な点はなかつたことが認められる。以上の事実からすれば、本件車輪が脱落したのは、装着してあるハブボルトのナツトの殆んどの締め方が弱く、締付力が不足していたため、走行中振動、衝撃等によつてナツトが緩み、ハブボルトに曲げの力が異常に強く作用して、ハブボルトが折損したことによるものと推断することができる。右推断を覆えすに足りる的確な証拠はない。

原告と被告本沢運輸との間において、原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証によれば、本沢車が、昭和四八年一二月一二日頃、車体検査を受けたことが認められるが、自動車の安全性確保についての基本的、第一次的責任は自動車を運行する者にあり、車検制度はこれを前提として国が第二次的、後見的に自動車の検査をするもので、車体検査による保安基準適合確保義務は限定的なものであるから、本件事故の約一カ月半前に車体検査を受けたからといつて、これのみを以て、本沢車の整備に欠けるところがなかつたとすることはできない。又証人大沢昇、同岡崎雄二の各証言中被告本沢運輸の整備士が昭和四九年一月二二日、本沢車の点検をした旨の供述部分があるが、点検箇所は明らかではなく、ハブボルトのナツトの締付を点検したことは全く触れられてないのであるから、仮令、右点検がされていたとしても、本沢車の整備が完全になされ、ハブボルトのナツトの締め方につき安全性が確認されたものとまでも認めるに足りない。そして、右各証言によれば、岡崎が本沢車を運転し被告本沢運輸所在地を出発したのは昭和四九年一月二二日午後四時か五時頃で、翌二三日午前二時か三時頃、愛知県豊田市内の最初の目的地に到着し、同日午後一時から二時頃名古屋市内の第二の目的地に到着し、飼料約八トンを積載して同所を出発し、右各目的地においては勿論、その他の場所においても適宜休憩をとりながら走行したことが認められるが、岡崎が運転途中の休憩時等において本沢車を点検した形跡を認めるに足りる的確な証拠はない。自動車を運行する者は、一日一回、その運転の開始前に仕業点検義務を負わされているのであるし、又、数日にも亘る長距離運転の場合には、運転途中においても随時、綿密な点検義務があることは言うまでもないのであるから、本件車輪が脱落した事故態様に照らせば、岡崎が、運転途中休憩時等に本沢車の走行装置につき、綿密な点検をしたならば、ハブボルトのナツトの緩みは発見できた筈であるといえるのであるから、斯様な点検をしなかつた岡崎に本沢車の整備を怠つた過失があるとされるのはやむを得ないものといえる。

(二)  名古屋車と原告車の衝突、その責任

前掲乙第二、第三号証、第七号証(被告名古屋貨物との間では、以上の乙号各証の原本の存在及び成立は、弁論の全趣旨により、これを認める。)、証人大沢昇、同岡崎雄二の各証言を総合すると、東名高速道路は、本件事故現場付近において、上、下車線がそれぞれ三車線あつて、上、下車線とも路側帯から第一、第二、第三車線(幅員各三・六メートル)に区分され、上、下車線の間に中央分離帯があり、第一車線と路側帯の間にはガードレールが、中央分離帯には金網柵がそれぞれ設けられてあること、本件事故発生の直前頃、本沢車は、右高速道路の上り第一車線を時速約八〇キロメートルの速力で進行し、大沢昇の運転する被告本沢運輸の別の大型貨物自動車(以下、大沢車という。)が本沢車の約七、八〇メートル後方の上り第二車線をほぼ同一速力で進行し、吉永和久の運転する普通貨物自動車(以下、吉永車という。)が、大沢車の後方で第一車線をほぼ同一速力で進行し、名古屋車は、吉永車の後方の上り第三車線を時速約一〇〇キロメートルの速力で進行していたこと(このうち本沢車及び名古屋車が東名高速道路上り車線を走行していたことは全当事者間に争いがない。)、本沢車が本件事故現場手前に差し掛かつたとき、本件車輪の異常に気付いた大沢が、前照燈を上向、下向にする操作を二回位くり返えして本沢車を照射しながら、更に、事態の確認を続ける間に、本件車輪が脱落し、転がりながら、上り第二車線を横切り、中央分離帯に当つて第三車線内で倒れたこと(このうち、本件車輪が脱落したことは全当事者間に争いがない。)、大沢は、制動をかけ減速して、右のとおり第二車線を転がる本件車輪との衝突を回避し、本件車輪が第三車線内で倒れたのを見たが、本沢車がそのまま進行するので、危険を知らせるため、本沢車を追つたところ、本沢車は、本件車輪が脱落した地点から約一・五ないし二キロメートル進行したバス停留所付近において、左内側後車輪をも脱落させ車体を左方に傾斜させた状態で停止していたこと、その間、名古屋車は本件事故現場の約一キロメートル手前で、上り第二車線を走行する吉永車を追い抜き、前記速度で上り第三車線を走行し、本件事故現場で、本沢車が脱落した本件車輪に自車右前車輪を乗り上げ、タイヤを破裂させ、そのため把手操作の自由を失い、右方に暴走して金網柵を突破し、中央分離帯を越えて下り第三車線に進入し、折から、同車線を名古屋方面に向い走行していた原告車に衝突したこと(このうち、名古屋車と原告車の衝突の態様については一記載のとおりである。)、吉永は、本件事故現場の約二〇〇メートル手前で、下り車線で多量の煙があがるのと同時に、反対車線から大型貨物自動車が中央分離帯を越えて上り車線に突入し横転したのを認め、急制動をかけ、右大型貨物自動車に接近して停止したが、上り車線は、右大型貨物自動車が横転し、その積荷が散乱したため不通の状態となつたこと、吉永は、近くの電話でただちに道路公団事務所に事故を通報し、他の自動車運転者等とともに死傷者の救護に当つたが、下り車線(乙第七号証の第五葉表二行に、上り車線と記載されてあるのは、下り車線の誤記と認める。)に名古屋車が運転台等前部を大破して停止し、運転者が死亡していたし、原告車も前部及び右側部を大破して停止していたこと、本件事故現場の約一キロメートル手前から本件事故現場までの間に、吉永車を追い抜いた車両は名古屋車以外にはなく、又、本件事故現場付近の上り第三車線の路面には、名古屋車が本件事故直前に急制動をかけたスリツプ痕はなかつたこと、前記のとおり本沢車が停止し、大沢車がこれに追いついてから、岡崎が道路公団事務所に車輪が脱落したことを電話連絡したところ、すでに吉永の連絡によつて、本件事故による上、下線不通に対応する規制がとられた旨を告げられ、本件事故発生を知つたが、その間に上り車線を数台ないし十数台の車両が通過したことが認められる。

右認定を覆えすに足りる的確な証拠はない。右認定した事実からすれば、大沢は、前記のとおり本件車輪が脱落して転がりながら第二車線を横切るのを見て制動をかけ、減速してこれとの衝突を回避し、本件車輪が第三車線内で倒れたことを見て、本沢車を追つたのであるから、車線こそ異なるものの大沢車の後方を進行していた名古屋車の運転者川口も、自己の進行車線内に脱落し倒れていた本件車輪を発見し、かつ、これとの衝突回避のため、すくなくとも急制動をかけるだけの時間的余裕はあつたといえる。そしてさらに、吉永が、本件事故に関する捜査に参考人として供述した際、同人が名古屋車に追い抜かれてから本件事故発生までの間の状況として、本沢車及び大沢車の走行状況、特に、本件車輪の脱落とその直前に大沢車が前照燈を上向、下向にする操作をして本沢車を照射したり、制動により大沢車の後尾燈が点滅したりする状況について何ら供述していない点や、又、前記のとおり、本沢車が停止した後、上り車線を通過した数台ないし十数台の車両は、本件事故直後上り車線が不通となつたのであるから、どの車線を走行していたかは兎も角として、大沢車と名古屋車の中間に位置して走行していたといえる点からして、名古屋車と大沢車との間隔は相当程度あり、本件車輪が脱落して上り第三車線に倒れた時点で、名古屋車は、この車輪との間に、普通貨物自動車が時速一〇〇キロメートルの速力で進行する場合の制動距離以上、これに相当の余裕を加えた手前の地点を走行していたものと推認できるのであつて、名古屋車は、当時、上り第三車線に倒れていた本件車輪を発見し、かつ、これとの衝突回避の措置を講じることのできる充分な距離的時間的余裕があつたといえる。しかるに、上り第三車線の路面に名古屋車が本件事故直前に急制動をかけたスリツプ痕がなかつたことは前記のとおりであるし、危険回避のための把手操作をした形跡も認められないのであるから、本件事故は、川口が前方注視を怠り上り第三車線に倒れていた本件車輪に気付かなかつたか、その発見が遅れたことによつて、これとの衝突回避の措置を講じることができず、名古屋車右前車輪を乗り上げて惹起させたものといえる。本件事故発生につき川口に前記のとおりの過失がある以上、前記認定の事実中同人に同情すべき諸事情があることは否定しえないものの、本件事故が不可抗力によるものであつたとは到底認められない。

(三)  本沢車が本件車輪を脱落したことと本件事故との因果関係

前記認定のとおり、本件事故が、早暁の東名高速道路において、本件車輪が走行中脱落して数分を超えない短時間後に惹起されたものである点と本件事故の態様に照らせば、本件事故と本沢車が本件車輪を脱落した事実の間には相当因果関係が存在することは明白である。

(四)  結論

以上のとおり、本件事故は岡崎、川口両名の過失が競合した共同不法行為により発生したものである。そして、請求原因(二)の2及び3の事実は各当事者間に争いがないので、被告本沢運輸は岡崎の使用者として、又、被告名古屋貨物は川口の使用者として、それぞれ民法七一五条一項に基づき原告が本件事故によつて蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

三  損害

(一)  車両損害 金四二万円

原告と被告名古屋貨物との間においてはその成立に争いがなく、原告と被告本沢運輸との間においては弁論の全趣旨によりその成立を認めることのできる甲第二号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は昭和四七年四月三日頃、原告車を金九〇万八〇〇〇円で購入し、本件事故当日まで約一年一〇カ月間、貨物運送営業用として使用したこと、本件事故により原告車は大破し、使用不能となつたこと、原告車と同一の車名、型式で同程度の中古車平均下取価格は金四二万円、平均販売価格は金六〇万円であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定の事業用車両としての使用期間等を考慮し、前記中古車平均下取価格金四二万円をもつて原告車の価格と定めるのを相当とする。原告本人尋問の結果中原告車の価格が当時金六〇万円相当であつた旨の供述部分は、ただちには信用できず採用しない。原告は本件事故により、金四二万円の車両損害を蒙つたものである。

(二)  休車損害 金八万三六五四円

原告本人尋問の結果によりいずれもその成立を認めることのできる甲第三号証の一ないし六、同第四号証、原告と被告名古屋貨物との間においていずれもその成立に争いがない丙第二、第三号証及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告が原告車を稼働して、本件事故時まで一カ月平均金三〇万四九〇八円の営業収入をあげていたが、その必要諸経費は人件費を除き一カ月平均金八万円をこえていなかつたこと、原告車の運転者川野作郎は本件事故により負傷し即日入院したが、平均賃金を月額一二万円として労働者災害補償保険法による休業補償等の請求をなし給付を受け、被告名古屋貨物は治療費等も含め、昭和五一年七月現在で金二六八万六七九八円を求償されたこと、原告は、本件事故により原告車を稼働することができなくなり、代車使用までに一五日間を必要としたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、川野は事故による休業補償として、負傷入院により賃金を受けない日の第四日目である昭和四九年一月二八日から、一日当り、基礎日額金四〇〇〇円(平均賃金を三〇日で除した額)の百分の六〇に相当する金二四〇〇円を補償金として受領していたことが推認される。そこで、代車調達に要した一五日間に原告が蒙つた得べかりし営業収益の喪失による損害は、右営業収益の一五日分の金一五万二四五四円から右諸経費の一五日分金四万円及び人件費として、川野に対し支給され、原告において、その支給を免れた一二日間分の保険給付金二万八八〇〇円を控除した金八万三六五四円である。

(三)  車両搬送費 金六万九二〇〇円

原告と被告名古屋貨物との間においてはいずれもその成立につき争いがなく、原告と本沢運輸との間においては原告本人尋問の結果によつていずれもその成立を認めることのできる甲第五号証の一、二、同第六号証及び原告本人尋問の結果を総合すると、請求原因(三)の3のとおり、原告車の搬送費用金六万九二〇〇円を支出し、同額の損害を蒙つた事実が認められる。

(四)  積荷損害 金七〇三万八〇四三円

原告と被告名古屋貨物との間においてはいずれもその成立に争いがなく、原告と被告本沢運輸との間においては証人高原良祐の証言によりいずれもその成立を認めることのできる甲第七、第八号証、右証言により原告が付陳するとおりの写真であると認めることのできる甲第一〇ないし第一五号証、右証人の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、請求原因(三)の4のとおり、原告が訴外会社に対し、積荷の損害賠償金七〇三万八〇四三円の債務を負担し、同額の損害を蒙つた事実が認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。

(五)  弁護士費用について

仮令、被告らが前記損害につき任意の賠償をしないため、原告が本件訴訟代理人に訴訟委任をし、着手金を支払い、かつ、報酬の支払を約したとしても、交通事故によるものとはいえ、物品を破損された損害賠償請求訴訟にまで、右弁護士費用の支出を事故と相当因果関係にある損害として加害者に負担させることは相当でない。従つて、原告の弁護士費用の支出による損害を請求する部分は失当である。

四  以上のとおり、原告の被告らに対する本訴請求は、各自に対し、金七六一万〇八九七円及びこれに対する本件不法行為の日以後である昭和四九年一月二五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につき理由があるので右限度でこれを認容し、その余の部分は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高瀬秀雄 桐ケ谷敬三 江田五月)

損害明細書 (一)(1) 半損品の復原費用

〈省略〉

(二)(2) 全損品

〈省略〉

(三)(3) 行方不明

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例